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ブログを引っ越します

長年、ありがとうございました。


このブログをスタートしてから、

こんなに幸せな日々がやってくるなんて




私は、「子どもを持ちたい」と願う皆さんをいつも応援しています。

そして、子育てを一緒に頑張る仲間

子育てしながらも社会のなかでキラキラ輝いて生きる仲間

をたくさん増やしたいなー と願っています。



心機一転、ブログを引っ越しして、

子育てのこと、仕事のこと、日々の生活のこと

妊娠や出産にかんする情報 

TAWのこと


などを書き続けて行こうと考えています。



今、あの人はどうしているのかなー?なんて

気になったときに立ち寄ってくださったら、それもとても嬉しいことです。



新しいブログの住所

http://ameblo.jp/taw-midwife/


では
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マドンナヴェルデ(NHkのドラマ) 観ましたか?

夜はすることがたくさんあって
きっと観れないだろうなーと思ったので
録画しておいたものを、先程観ました


いろいろな意味で感動・・
ずっと泣きっぱなしでした


母の愛・勇気に感動
体外受精(それを超えて代理出産まで)のことが
ドラマになる(しかもNHK)くらいになったことに感動


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中間報告の中間報告

現在13週になりました。
でも、ピンクレターで中間報告する時期まではまだまだです。
私はこの時期になって、やっと分娩する病院にたどり着けました。

今回はそんな経緯について少しご報告です。

まあ、妊娠してしまえば、あとはこっちのもの!!
その先は高齢だろうとなんだろうとどうにかなるでしょ! 
妊娠する前も、妊娠してからも私はそんな風に簡単に考えていた気がします。
そもそも、不妊治療をしている時期には、望んでいたけれど、
本当に妊娠するってことを考えていなかったかもです。


前の日記にも書きましたが、私は、看護師として働いているので
妊娠したら自分の勤める病院の産科でfollowしてもらえばいいや、
と考えていました。
そして、出産は、もし産むことがあるならば、できれば助産院のような
ところで産みたいと考えていました。
なるべく自然に、自分の力で産むような・・そんなお産が理想でした。
医療処置的な、いわゆる‘産ませる’ようなお産になるのは嫌だなーと
思っていました。

先週12週のとき、ウチの産科に2回目の検診に行きました。
大きな病院を探すように言われていましたが
個人病院を希望している旨を伝えたら、えらく叱られました。

・・というのも、実は私は出産にむけて心配の種を抱えているんです。
妊娠高血圧症(以前は妊娠中毒症といわれていました)のハイリスク。
母も妹もこれを乗り越えての出産(妹は30週を過ぎたくらいで帝王切開
で2人の子を産んでいます。もちろん姪っ子達はNICU出身ですよ。
今はとても元気に走り回っていますが。)で、現在すでに私自身の血圧が高め。
けれど、今現在何か症状があるわけではなく、
私も絶対なるとは限らないじゃないか!!って思ってたんです。

「今、少々血圧が高いからって、なんにも症状はないし困らないけど、
 これから週数が進んで血圧が上がっていった場合、
 赤ちゃんに十分に血液が送られなくなって発育が悪くなったり
 苦しい思いをするのは赤ちゃんなんだよ!!
 お母さんと赤ちゃんは胎盤で繋がっているから、すごい影響するんだよ。」

もう、がっくりでした。 私は、全然自分のことしか考えていなかった・・。


あとは自分で考えるように言われ、あて先なしの紹介状を出され・・
とにかくウチの産科は、確かに分娩は扱っているけれど、
周産期が専門ではないので、リスクの高い人は診れないとのこと。

その後は自分のふがいなさと、放りだされてお腹の子と路頭に迷って
しまったような不安な気持ちとでいっぱいでした。


こんな分娩制限だらけのなかで果たして今から受け入れてくれる病院
なんてあるのかと不安でたまりませんでしたが、
幸いにも、理由を話したら、総合母子センターをもつ某大学病院が
受け入れを快諾してくれました。
「ウチはそういうハイリスクな方を受け入れる病院だから・・」と。

今日、初受診に行ってきました。
私が大学病院に思い描いていたのとは全然違って
とても温かい雰囲気の先生、その他スタッフの方達の対応に
救われました。
私は、よほどひどい顔をしていたのか
「検診は、赤ちゃんの成長が見れるんだから、楽しみに来てくださいね」
って何度も言われてしまいました。

とても丁寧に診察してくれて、赤ちゃんがお腹のなかで
頭を掻いたり、ピョンピョン跳ねたりする姿も見せてもらいました。
どうやら、夢クリのT先生のこともご存知のようで
「今は新橋にいらっしゃるんだね」なんて言っていました。

情けないことに、これが私の近況です。
思いがけず良い病院にめぐり合え、分娩できることになり
ホッとしたところです。


最近、夢ブロガーさん達の間では、陽性反応の出ている
方が続出ですね。
本当にうれしいことだし、改めて夢クリのすごさを実感しています。


私のような考えの甘い人はそういないとは思いますが、
ちゃんと妊娠した後のことも、今は分娩制限も本当にあるので
しっかり考えておいた方が良いです。
特に私のように、何か不安な点を抱えている方は
尚更です。

では、また。



ありがとうございました(ごあいさつ)

まずは近況報告です。

産婦人科デビューしました。
お腹のおっきな妊婦さんがいっぱいで
新生児を抱いた人がいたりして新鮮。
世間では産科のドクターが足りないとか
分娩制限をする病院が増えているというニュースを耳にしたことはありますが、
ウチの産婦人科も多分に漏れず分娩制限をしているみたいです。
そして、なんと、もう私の週数と予定日ではアウトえぇ
(分娩の受け入れはできない)だそうです。
もともと産院は他を探すつもりで、しばらくのfollowを・・
と考えてはいたのですが、
受診前に何度も 予定日はいつ?あらかじめ確認の電話をしたのか?
などしつこく聞かれ、産院は他を探すことを伝えると
ホッとされるような状況・・。 少しげんなりでした。
とにかく、今回の受診では赤ちゃんの無事を確認したいだけ・・
という気持ちでしたが、
先生からは「もうよっぽどのことがない限り、流産するようなことはない。
それより、産むことにまい進して!!」みたいな事を言われました。
「あなたは充分高齢出産の域にいるのだから、食事にも体重にも
気をつけなければいけない。 
今の課題は、とにかく産むところを探すこと!!
できるならNICUもあるようなところを。
そして少しでも早く、産むところで検診を受けるようにした方が良い。」
というようなことを次々言われ、もう頭はパニック。
今まで姫扱いだった夢クリでの対応とまるで違い、
とまどいと「やばい、産む準備をどんどん始めないとなんだ」って焦る。
そして、お産難民の恐怖・・。
たくましくならなくては。

お腹の子は、夢クリ卒業から3日しか経ってないのに+7mmの35mm。
どんどん大きくなるーっ絵文字名を入力してください

母子手帳も手に入れました。

そして、仕事・・
前回のブログでは、かなりのテンションで喜んでおりましたが、
まあ、仕事はそう甘くないですよね苦笑い
数日勤務するうちに、大変なことや嫌なことも
思い出してきました。
やっぱり妊娠した身体だと、体調にも波があったりして・・
でも仕事は待ってくれない。
だから、辞める決心だってしていたわけですし。
けれど、ちゃんと任期満了の日までは誠実に責任をもって
仕事をこなそうと考えています。



そして、このブログについてです。

私はこのブログに自分の心の中のことを表現することで
頭が整理され、溜め込まずに済み、救われました。
そして、主に院長先生とのやりとりを楽しんだりもしていました。

こんなブログでもコメントを残してくださる方がいて、
更に更に救われました。
気持ちや状況を共有できる仲間がいることが
こんなに心強いとは・・。
特に不妊治療のことは、あんまり友達とか知り合いに
話したりしないことなので。

けれど、そもそもこのブログは不妊治療を乗り切るためのもの
でした。夢クリを卒業し、産院デビューした今、その役目を終える時が
来た気がしています。

あとは、夢クリにピンクレター(中期報告)とブルーレター(出産報告)
を送る時期くらいにちょこっと報告ができたらいいかな・・と思っています。


もちろん、閲覧は今後もできる状態で残します。
今治療中の方、そしてこれから治療をする方々に、もし役に立てる
のであれば、ぜひ、役立てていただきたいです。
そのために、番外編として、このブログを始める前の
採卵のことなども少しまとめたいと考えています。


いままで本当にありがとうございました。
治療中はずっと、こんな日が来るなんて思えない日々でした。
特に前のクリニックで治療中は。
夢クリに通うようになってからは、一歩一歩確実に進んでいる
手ごたえを感じることはできていましたけれど。
ただ、治療は身体の周期にあわせてなので準備期間が長かったり
しますよね。そんな時はもどかしく閉塞感を感じながら・・。
結構通院生活を楽しんでいるところもありました。
きれいで落ち着くし、仕事に疲れているときは、
オルゴールに癒されていました。高い雑誌も読めるし。
夢クリのあとに、一杯のコーヒーを飲むのが至極の時でした。

でも、陽性反応が出てからは、妊娠したことを全然信じられなくて・・
夢クリに通う中で一番しんどかったのは、なぜか陽性反応が出て
からでした。
あんまり通院が楽しすぎると夢クリに愛着ができちゃって
卒業できなくなるから、それで良かったのかもしれません。


皆さんに残せるアドバイス、何もないです。
なぜって、私も治療真っ只中にいるときのことを
知っているからです。
他の人に何を言われたって何の役にも立たない。
結局は自分でつかんでいくしかなかった感じがします。
自分との戦い・・。
ただ、淡々と淡々と、いつ見えるかわからない出口だけど
院長先生ならその出口を一緒に探してくれる気がしませんか??

皆さんに必ずゴールが来ること心からをお祈りしています。





今日から仕事・・

昨日のブログに、思いがけずたくさんの方から心温まるコメントを
いただき、本当にありがとうございます。
皆さんのコメントを読みながら、また泣いてしまいました。
私は、あくまでひと足先に卒業したまでです。
コメントは残さなくても読んでくださった方にも
皆さんに、この感動を味わう日がやって来ることを願うばかりです。
そして夢クリニックはそれを叶えてくれるクリニックだと信じています。


さて、やや昨日の感動覚めやらぬまま、今日は1か月ぶりに出勤しました。
1か月も休んだにもかかわらず、皆さん温かく迎えてくれました。
なつかしい人たちに会えて、おしゃべりできることが
うれしくて、うれしくて・・。

今日は皆に「おめでとう」って言われて
素直に「ありがとう」って言える自分がいました。

安静はやっぱり辛かった。肉体的にも精神的にも。
昨日院長先生に
「まあ出血もしとらんし(安静を解除しても)大丈夫だとは思うけど、
 あんまり無理はせんで欲しいね。」って言われたことも吹っ飛び、
テンション上がりまくりでした ポッ

採血も久々だったのでちょっぴりドキドキでしたが
「今日は痛くなくてよかったわハート」なんて言われて有頂天キラキラ

中心静脈に管をいれる処置(の介助)にも2回も着く事になり、
忘れてるかなーっと思ったけど、身体が自然と動いて・・・力こぶ
入院の受け入れもしちゃったです。
思ったよりも感覚が鈍っていなかったことがうれしかったです。

身体を動かしているほうが気が紛れて体調も良い感じでした。

ただ、ストレッチャーや車椅子を押したりすることなど力仕事は
皆が気遣って避けられるようにしてくれ・・本当にありがたいです。

今、私の勤務する病棟にはすでに2人の妊婦さんがおり、
しかも彼女たちは36歳と40歳の妊婦さん・・
年齢も近いし、少し前に妊娠初期を経験済みなので、
今の状況をわかってくれて心強い存在です。
それに、4月から産休明けで復帰した人も2人加わっていて
その他にも育児経験のある主任とか
3年前くらいに産休明けで復帰した人など
今までこんなにいたっけ??って思うくらいたくさんの先輩ママさん達が
近くにいて、これまたすごく心強いんです。
なんと恵まれた環境なのでしょう・・。

4月は始まりの月。
新しい先生も加わっていて、とにかく新鮮でした。
ナースの新人ちゃんは2人配属なのですが
今日は別のところで研修中でまだ会えませんでした。
ひとりは病棟初の男性看護師!!らしいです。
でも、ジャイアンみたいなんですって苦笑い

以上、またテンション高めのレポートでした。








プロフィール

皐月ママ

Author:皐月ママ
新橋夢クリニックでの治療の末に二人の子どもを授かることができました。

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