2008.11.11
出産報告です
ご報告です。
本日、クリニックにブルーレターを投函しました。
2008年10月31日の夕方
3005gの女児を出産いたしました。
38週と3日でした。
先週末に退院し、新しい生活が始まっています。
やはり、我が子をこの胸に抱いたとき、本当の意味で
治療が終わったという気がしました。
妊娠・出産は最後まで何が起こるか分からないし、
実際最後までずっと不安だった気がします。
特に出産前の1か月くらいは、ホルモンバランスの影響もあったのかも
しれませんが、妊婦さんのタライ回しの事件の報道もあったりして、
精神的に移植後くらいナーバスになっていました。
出産は、確かに大変でした。気が遠くなるほど痛かったし、
いきむ体力はなくなるし・・
でも、先生や助産師さん達のサポートで私にとっては
忘れられない、すごく素敵な体験となりました。
ちなみに、分娩室では キロロの『未来へ』をバックミュージックに
流してもらいました。
ちょうど、分娩が少ない日だったようで、たくさんのスタッフの方が
集まってくださり、しかも女性ばかり・・ワイワイ、ガヤガヤ
お祭りのような中で、この子は生まれてきました。
ただ、出産直後は、カンガルーケアをさせてもらいましたが、
疲れと痛みから解放されたことでホッとし、
それほど感動を感じたわけではありませんでした。
スタッフの方々に「おめでとうございます。」と言われて始めて
‘おめでとうなんだー、これでひと段落なんだ’っておぼろげに思いました。
この言葉、妊娠しても意外と、特に医療者からは言われなかった言葉です。
私としては、出産までが当面の目標だったので、その次の段階のことが
実はあまりイメージできていませんでしたが、
翌日になって授乳などのベビーの世話が始まり、特に授乳は悪戦苦闘・・。
‘産んだだけでは親にはなれない。こうして世話をしていく中で絆を深めて
親子になっていくんだ’ と実感しました。
やっと新しいスタートを切ることができました。
ベビーに会うたびに、感謝や感動、うれしさがこみ上げて来て、
入院中は、しょっちゅう 涙を流していました。
マタニティーブルー(産後うつ)と間違えられるのでは・・と心配なくらいでした。
顔は、産後の浮腫みも手伝って、腫れちゃうし、
ちょっと最悪でしたが、
ずっと感動と感傷にひたっている一週間でした。
一方では、同じ時期に出産した、褥婦さん達と仲良くなり
お互いの出産体験武勇伝を語りあったり、楽しくも過ごしました。
面会に来た人たちは、ベビーをみて、皆、「ちっちゃいー」と
言うのですが、私にとっては、いつも抱くとズシリと重く感じていました。
5年間の治療のことや、妊娠期間のことが走馬灯のように
頭をよぎり、人がこの世に誕生するということの重みを感じずにはいられませんでした。
この子が誕生するまでに、本当に多くの人の力・助けを頂きました。
夢クリニックのスタッフの方々、産院のスタッフの方々、職場の同僚、友達、家族・・
街で席を譲ってくださったり、重い荷物を運んでくれたりした通りすがりの人たちがいました。
そして、これからも、この子を育てるためにたくさんの人たちにお力を借りる
ことになるのだろうと思います。
こんな出産報告をされても、今、治療を頑張っている方々には
なんの役にも立たず・・だと思いますが、
着床して、クリニックを卒業したその先には、こんなことが
待っているんだと少し想像してもらい、実現の後押しができれば幸いです。
自分の願いが叶った時のことを想像することって、夢の実現に効果があるらしいです。
本当に、一人でも多くの方に、この素晴らしい体験をしてもらいたい・・
これが私の今の素直な気持ちです。
皆さんのご成功を心よりお祈り申し上げます。
今、妊娠中の方は、お身体が大変だし、いろいろな不安もあると思いますが、
かけがえのない今を楽しんでくださいね。
(実際、不安もありましたが、マタニティー生活も楽しかったです。
今は、凹んでしまったお腹がちょっと寂しいです。)
これで、このブログも本当の意味で終了になります。
いままで、本当にありがとうございました。
本日、クリニックにブルーレターを投函しました。
2008年10月31日の夕方
3005gの女児を出産いたしました。
38週と3日でした。
先週末に退院し、新しい生活が始まっています。
やはり、我が子をこの胸に抱いたとき、本当の意味で
治療が終わったという気がしました。
妊娠・出産は最後まで何が起こるか分からないし、
実際最後までずっと不安だった気がします。
特に出産前の1か月くらいは、ホルモンバランスの影響もあったのかも
しれませんが、妊婦さんのタライ回しの事件の報道もあったりして、
精神的に移植後くらいナーバスになっていました。
出産は、確かに大変でした。気が遠くなるほど痛かったし、
いきむ体力はなくなるし・・
でも、先生や助産師さん達のサポートで私にとっては
忘れられない、すごく素敵な体験となりました。
ちなみに、分娩室では キロロの『未来へ』をバックミュージックに
流してもらいました。
ちょうど、分娩が少ない日だったようで、たくさんのスタッフの方が
集まってくださり、しかも女性ばかり・・ワイワイ、ガヤガヤ
お祭りのような中で、この子は生まれてきました。
ただ、出産直後は、カンガルーケアをさせてもらいましたが、
疲れと痛みから解放されたことでホッとし、
それほど感動を感じたわけではありませんでした。
スタッフの方々に「おめでとうございます。」と言われて始めて
‘おめでとうなんだー、これでひと段落なんだ’っておぼろげに思いました。
この言葉、妊娠しても意外と、特に医療者からは言われなかった言葉です。
私としては、出産までが当面の目標だったので、その次の段階のことが
実はあまりイメージできていませんでしたが、
翌日になって授乳などのベビーの世話が始まり、特に授乳は悪戦苦闘・・。
‘産んだだけでは親にはなれない。こうして世話をしていく中で絆を深めて
親子になっていくんだ’ と実感しました。
やっと新しいスタートを切ることができました。
ベビーに会うたびに、感謝や感動、うれしさがこみ上げて来て、
入院中は、しょっちゅう 涙を流していました。
マタニティーブルー(産後うつ)と間違えられるのでは・・と心配なくらいでした。
顔は、産後の浮腫みも手伝って、腫れちゃうし、
ちょっと最悪でしたが、
ずっと感動と感傷にひたっている一週間でした。
一方では、同じ時期に出産した、褥婦さん達と仲良くなり
お互いの出産体験武勇伝を語りあったり、楽しくも過ごしました。
面会に来た人たちは、ベビーをみて、皆、「ちっちゃいー」と
言うのですが、私にとっては、いつも抱くとズシリと重く感じていました。
5年間の治療のことや、妊娠期間のことが走馬灯のように
頭をよぎり、人がこの世に誕生するということの重みを感じずにはいられませんでした。
この子が誕生するまでに、本当に多くの人の力・助けを頂きました。
夢クリニックのスタッフの方々、産院のスタッフの方々、職場の同僚、友達、家族・・
街で席を譲ってくださったり、重い荷物を運んでくれたりした通りすがりの人たちがいました。
そして、これからも、この子を育てるためにたくさんの人たちにお力を借りる
ことになるのだろうと思います。
こんな出産報告をされても、今、治療を頑張っている方々には
なんの役にも立たず・・だと思いますが、
着床して、クリニックを卒業したその先には、こんなことが
待っているんだと少し想像してもらい、実現の後押しができれば幸いです。
自分の願いが叶った時のことを想像することって、夢の実現に効果があるらしいです。
本当に、一人でも多くの方に、この素晴らしい体験をしてもらいたい・・
これが私の今の素直な気持ちです。
皆さんのご成功を心よりお祈り申し上げます。
今、妊娠中の方は、お身体が大変だし、いろいろな不安もあると思いますが、
かけがえのない今を楽しんでくださいね。
(実際、不安もありましたが、マタニティー生活も楽しかったです。
今は、凹んでしまったお腹がちょっと寂しいです。)
これで、このブログも本当の意味で終了になります。
いままで、本当にありがとうございました。
2008.08.20
8か月になりました
28週を過ぎ、8か月に突入しました。
少し経過を報告しておきます。
現在の状況ですが、先週の検診で、血圧が少し上がってしまいました。
・・といっても、もともと130/80くらいが140/90なので、急激な上昇と言う訳でもなく、
その日は、予約時間に遅れそう
になって、暑い中急いで行ったんですよね。
なので、少し落ち着いてから測定して、高めだったので何度か測り直して一番低く出た数値を
報告し、急いで来た経緯もお話したのですが・・看護師さんに改めて測定し直され、
いちおう妊娠高血圧症の基準に引っかかっちゃうんですよね、140/90だと。
まあ、もともとこのリスクのために今の病院にお世話になっているわけで・・。
降圧剤の内服と1日3回の血圧測定を指示されてしまいました
内服前に自分で測定したはいなかったので、薬のおかげも多分にあるのでしょうが
その後は110/70-80台と優秀な血圧(少し低いんじゃないかと思うくらいです)で経過しています。
体重管理も、仕事のおかげ(?)かなかなか優秀で、現在のところ+3kgです。
最低でもあと8週(2ヶ月)はお腹にいてもらわないとならないので
これからも管理を頑張ります
最近では、胎動はかなり激しくなり、お腹の中で地震が起きているみたいなとき
があります。外から見ていると、肘か足かがボコって出るのが分かるときもあります。
わき腹をキックされると効きます。
身体もだんだん身軽ではなくなってきて、すこし動くと息が切れたりもします。
その他、最近の出来事と思うことなど・・
そんな訳で、万が一の早産に備えて、そろそろ早めに入院準備も進めておかなきゃ・・
ということで、先日ずっと開けていなかった箱をあけました。
それは、妹からもらった姪っ子と甥っ子のお下がりの新生児用の肌着の入った箱。
とっても小っちゃくてかわいい
もうすぐ、この肌着に袖を通す子が産まれて来るのかと思ったら、
感無量・・
で急にいろんな感情がこみ上げて来て
ポロポロとしばらく一人で泣いてしまいました。
妊娠のために、少しナーバスになっているのもあるのかもしれませんが・・。
これって不妊治療をしてきた末に授かったから??とも思いますが、
母の気持ちって、何人子どもを産もうと変わらないのかな・・と思う一件もありました。
それは、半月ほど前に大学時代の友人に会ったときのことです。
今春に3人目の女の子を出産しています。
さぞかし出産も育児も慣れてお手の物・・かと思いきや、
妊娠中もいろいろ心配なこともあり、下肢に静脈瘤ができたりして大変だったこと
出産も育児も毎回毎回、同じではなく新鮮であることなどを聞きました。
出産祝いとして‘Someday'という絵本(ある一人の女性が女の子を産み、
その成長と人生を想う気持ちをつづった内容の絵本)を送ったのですが、
友人は、パラパラとめくって 「あーダメだ、こういう本読むと泣けてきちゃう・・」といって
目を潤ませていました。
そんな姿をみて、何人産もうとどんな形で授かろうと、母の気持ちは皆一緒なんだなって
思いました。
授かる前、授かってすぐの妊娠初期には、8か月くらいになって胎動も感じるように
なれば、もう心配なことなんてほとんどないだろうって思ったりしていましたが、
お腹もだいぶ大きくなった今でも、やっぱり無事に産まれてきてくれるか
お腹の子は元気なのか、ってやっぱり心配だったりします。
そして、それは、きっと出産後も・・子どもを持ったらずっと続くんだろうという気が
最近しています。
親とはそういうものなのかもしれないですね。
だから、今思えば、不妊治療をしているとき、子どものことを考えるようになったとき
から、実際に子どもがいるいないに関わらず、既にみんな親なんだなーって
ふっと、思いました。
長くなりますが、次に、私にまだつきまとうテーマの、仕事と出産・育児。
一時期は出産前に仕事を辞める決意をした私ですが、
今、またすごーく迷いつつ、出産後も仕事を続ける方向で進んでいます。
けれど、やっぱり妊娠しながらの仕事は楽ではありません。 当たり前ですが。
周りの人にもずいぶん助けてもらっています。
思ったより休みはないし、産休だって産前6週〜です。
産前6週って、予定日(40週に当たる日)から遡って計算するので、
37週〜は正規産になるので、40週以前に生まれた場合は、
出産の約1ヶ月前まで働いていることになるんです。
いろいろ出産準備もしたいし・・と思っても思うようにならなかったりします。
それから、電車通勤も、マタニティーマークはかばんにつけているものの、
これまで、毎日通勤していて、席を譲ってもらったのはたったの1回です。
これが現実・・。
でも、譲ってもらえないことには、別に私はどうとも思いません(最近ではすこし身体が重く
なってきたので譲ってもらえたらありがたいですが・・)。
朝早い電車に乗っている人達は、みんな疲れていたり眠そうだったり、
一見しただけではわからない障害や病気をかかえていることもあるでしょう。
とにかく通勤は誰にとっても大変です。 そんな中、妊婦がなにも好き好んで
そんな時間に電車に乗らなくても良いわけで、 好き好んで仕事を続けることにしたのは
自分なわけで、「誰も譲ってくれない」と腹を立てるのは何か違う気がします。
けれど、7ヶ月に入ったばかりの頃、思わぬ一件に遭ってしまいました。
ある日の帰りのこと。 その日はとっても仕事が忙しく、私もさすがに疲れてウトウトしたり
していました。だいたい帰りの電車は始発駅に近いので座ることができます。
途中、電車はだんだん混んできて、私の目の前に杖をもったおば様が立ちました。
私はすぐに杖に気づきましたが、とても疲れていたのと、マタニティーマークをつけている
私が譲らなくても良いかな・・とそのまま座っていました。
私の両隣には割と若めの男の人、そのほか若い女性なども座っていましたので
誰かが譲ってくれるといいな・・と思っていましたが、だれもそんなそぶりはなく、
そのうち、誰も譲ってくれないと悟ったのか、杖のおば様は私の前から離れて、ドアの方へ
行ってしまいました。
そうしたら、おば様の横に立っていたおじさんが、私に向かって
「ねえ、今、目の前に杖をもった人が立っていたのに気づかなかった?」と言ってきました。
私は 「私ですか? あのー、実は私もこういう状況で身体がキツくって・・」とマタニティーマークを
見せたのですが、「なんだそれ」と言われ・・
「私が譲ったほうが良いですか?」と言ったら 「そうだよ」と言われ、
そのおば様のところに声をかけに行きました。
でも、そんな状況をみておば様も座れるはずがありません。 「いいですよ」と断られ
たので、もう一度戻ってその席に座っていたのですが、溜まった疲れと妊娠中で気持ちが不安定
なのも手伝って、そのうち、悔しくて涙が止まらなくなりました。
おじさんはまだ仕方がなかったとしても、周りのだれも「私が代わります」とか言ってくれる
人はなく、知らん振り。
もう、私はどうにもいても立ってもいられなくなり、やむなく次の駅で電車を降りました。
・・となんだか、仕事のデメリットばかり書いてしまいましたが、続けていて、良いところも
もちろんあります。
活動量が多く規則正しい生活が送れるため、体重管理が良好です!
妊娠のことで必要以上に余計な心配をする時間がない。
休みの日は有意義に時間が使える(時間がたくさんあるように思える)
いろんな人に会って話ができる・・ことなどです。
近況報告の最後は、母親学級のこと、出産に臨んで・・のこと。
8月の始めに、初めての母親学級に参加しました。
おっぱいケアの話など、なんだか新鮮でした
周りが自分と同じ妊婦さんばかりというもの新鮮でした。
クラスの最後に分娩室と病棟を見学できました。
分娩室では、出産に臨む際に希望があれば持込みで好きな音楽を流してくれる
そうです。 ある方は、へその緒を切る際に、‘Time tosay good-by' をかけたそう・・。
私は何が良いかな・・と考えたところ、
CMの影響が大きそうですが、小田和正さんの『言葉にできない』が良いかなーなんて
思っています。
あなたに会えーて、ほんとうに良かった。
うれしくて、うれしくて、言葉にできない・・ っていうあの歌です。
それと、最近興味深々なのが、スリングという抱っこひものこと。
あれって、どうやら奥深いみたいです。
いろいろ調べはじめて、その奥深さに最近はまっています。
そして、やっぱり楽しみなのが、今では2週間に1回になった検診の日。
エコーの我が子に会えることはもちろんのこと、
通院が楽しみな理由がもうひとつ
担当の先生が美人でかっこいいこと って男みたいですね、私。
お腹の子共々、親子で先生に会えるのをとっても楽しみにしています。
なんだか、久しぶりなのでたくさんのことを書いてしまいました。
私の近況はこんな感じです。
あまりコメントは残していませんが、このブログで出会った人たちのことは
今でも気になってときどき遊びに行かせてもらったりしています。
治療がうまくいった方、頑張っている方・・もうすぐ出産を迎える方・・いろいろみたいですが、
赤ちゃんは、その人にとって一番最高のタイミングでやってくるのだと
以前知り合いに言われたことがあります。
たまたま立ち寄って読んでくださった方、ありがとうございます。
次は出産報告になるかしら・・
でも、またそれより前に書きたくなって更新するかもです。
ホントに気まぐれな私でスミマセン・・
少し経過を報告しておきます。
現在の状況ですが、先週の検診で、血圧が少し上がってしまいました。
・・といっても、もともと130/80くらいが140/90なので、急激な上昇と言う訳でもなく、
その日は、予約時間に遅れそう
になって、暑い中急いで行ったんですよね。 なので、少し落ち着いてから測定して、高めだったので何度か測り直して一番低く出た数値を
報告し、急いで来た経緯もお話したのですが・・看護師さんに改めて測定し直され、
いちおう妊娠高血圧症の基準に引っかかっちゃうんですよね、140/90だと。
まあ、もともとこのリスクのために今の病院にお世話になっているわけで・・。
降圧剤の内服と1日3回の血圧測定を指示されてしまいました

内服前に自分で測定したはいなかったので、薬のおかげも多分にあるのでしょうが
その後は110/70-80台と優秀な血圧(少し低いんじゃないかと思うくらいです)で経過しています。
体重管理も、仕事のおかげ(?)かなかなか優秀で、現在のところ+3kgです。
最低でもあと8週(2ヶ月)はお腹にいてもらわないとならないので
これからも管理を頑張ります

最近では、胎動はかなり激しくなり、お腹の中で地震が起きているみたいなとき
があります。外から見ていると、肘か足かがボコって出るのが分かるときもあります。
わき腹をキックされると効きます。
身体もだんだん身軽ではなくなってきて、すこし動くと息が切れたりもします。
その他、最近の出来事と思うことなど・・
そんな訳で、万が一の早産に備えて、そろそろ早めに入院準備も進めておかなきゃ・・
ということで、先日ずっと開けていなかった箱をあけました。
それは、妹からもらった姪っ子と甥っ子のお下がりの新生児用の肌着の入った箱。
とっても小っちゃくてかわいい

もうすぐ、この肌着に袖を通す子が産まれて来るのかと思ったら、
感無量・・
で急にいろんな感情がこみ上げて来てポロポロとしばらく一人で泣いてしまいました。
妊娠のために、少しナーバスになっているのもあるのかもしれませんが・・。
これって不妊治療をしてきた末に授かったから??とも思いますが、
母の気持ちって、何人子どもを産もうと変わらないのかな・・と思う一件もありました。
それは、半月ほど前に大学時代の友人に会ったときのことです。
今春に3人目の女の子を出産しています。
さぞかし出産も育児も慣れてお手の物・・かと思いきや、
妊娠中もいろいろ心配なこともあり、下肢に静脈瘤ができたりして大変だったこと
出産も育児も毎回毎回、同じではなく新鮮であることなどを聞きました。
出産祝いとして‘Someday'という絵本(ある一人の女性が女の子を産み、
その成長と人生を想う気持ちをつづった内容の絵本)を送ったのですが、
友人は、パラパラとめくって 「あーダメだ、こういう本読むと泣けてきちゃう・・」といって
目を潤ませていました。
そんな姿をみて、何人産もうとどんな形で授かろうと、母の気持ちは皆一緒なんだなって
思いました。
授かる前、授かってすぐの妊娠初期には、8か月くらいになって胎動も感じるように
なれば、もう心配なことなんてほとんどないだろうって思ったりしていましたが、
お腹もだいぶ大きくなった今でも、やっぱり無事に産まれてきてくれるか
お腹の子は元気なのか、ってやっぱり心配だったりします。
そして、それは、きっと出産後も・・子どもを持ったらずっと続くんだろうという気が
最近しています。
親とはそういうものなのかもしれないですね。
だから、今思えば、不妊治療をしているとき、子どものことを考えるようになったとき
から、実際に子どもがいるいないに関わらず、既にみんな親なんだなーって
ふっと、思いました。
長くなりますが、次に、私にまだつきまとうテーマの、仕事と出産・育児。
一時期は出産前に仕事を辞める決意をした私ですが、
今、またすごーく迷いつつ、出産後も仕事を続ける方向で進んでいます。
けれど、やっぱり妊娠しながらの仕事は楽ではありません。 当たり前ですが。
周りの人にもずいぶん助けてもらっています。
思ったより休みはないし、産休だって産前6週〜です。
産前6週って、予定日(40週に当たる日)から遡って計算するので、
37週〜は正規産になるので、40週以前に生まれた場合は、
出産の約1ヶ月前まで働いていることになるんです。
いろいろ出産準備もしたいし・・と思っても思うようにならなかったりします。
それから、電車通勤も、マタニティーマークはかばんにつけているものの、
これまで、毎日通勤していて、席を譲ってもらったのはたったの1回です。
これが現実・・。
でも、譲ってもらえないことには、別に私はどうとも思いません(最近ではすこし身体が重く
なってきたので譲ってもらえたらありがたいですが・・)。
朝早い電車に乗っている人達は、みんな疲れていたり眠そうだったり、
一見しただけではわからない障害や病気をかかえていることもあるでしょう。
とにかく通勤は誰にとっても大変です。 そんな中、妊婦がなにも好き好んで
そんな時間に電車に乗らなくても良いわけで、 好き好んで仕事を続けることにしたのは
自分なわけで、「誰も譲ってくれない」と腹を立てるのは何か違う気がします。
けれど、7ヶ月に入ったばかりの頃、思わぬ一件に遭ってしまいました。
ある日の帰りのこと。 その日はとっても仕事が忙しく、私もさすがに疲れてウトウトしたり
していました。だいたい帰りの電車は始発駅に近いので座ることができます。
途中、電車はだんだん混んできて、私の目の前に杖をもったおば様が立ちました。
私はすぐに杖に気づきましたが、とても疲れていたのと、マタニティーマークをつけている
私が譲らなくても良いかな・・とそのまま座っていました。
私の両隣には割と若めの男の人、そのほか若い女性なども座っていましたので
誰かが譲ってくれるといいな・・と思っていましたが、だれもそんなそぶりはなく、
そのうち、誰も譲ってくれないと悟ったのか、杖のおば様は私の前から離れて、ドアの方へ
行ってしまいました。
そうしたら、おば様の横に立っていたおじさんが、私に向かって
「ねえ、今、目の前に杖をもった人が立っていたのに気づかなかった?」と言ってきました。
私は 「私ですか? あのー、実は私もこういう状況で身体がキツくって・・」とマタニティーマークを
見せたのですが、「なんだそれ」と言われ・・
「私が譲ったほうが良いですか?」と言ったら 「そうだよ」と言われ、
そのおば様のところに声をかけに行きました。
でも、そんな状況をみておば様も座れるはずがありません。 「いいですよ」と断られ
たので、もう一度戻ってその席に座っていたのですが、溜まった疲れと妊娠中で気持ちが不安定
なのも手伝って、そのうち、悔しくて涙が止まらなくなりました。
おじさんはまだ仕方がなかったとしても、周りのだれも「私が代わります」とか言ってくれる
人はなく、知らん振り。
もう、私はどうにもいても立ってもいられなくなり、やむなく次の駅で電車を降りました。
・・となんだか、仕事のデメリットばかり書いてしまいましたが、続けていて、良いところも
もちろんあります。
活動量が多く規則正しい生活が送れるため、体重管理が良好です!
妊娠のことで必要以上に余計な心配をする時間がない。
休みの日は有意義に時間が使える(時間がたくさんあるように思える)
いろんな人に会って話ができる・・ことなどです。
近況報告の最後は、母親学級のこと、出産に臨んで・・のこと。
8月の始めに、初めての母親学級に参加しました。
おっぱいケアの話など、なんだか新鮮でした

周りが自分と同じ妊婦さんばかりというもの新鮮でした。
クラスの最後に分娩室と病棟を見学できました。
分娩室では、出産に臨む際に希望があれば持込みで好きな音楽を流してくれる
そうです。 ある方は、へその緒を切る際に、‘Time tosay good-by' をかけたそう・・。
私は何が良いかな・・と考えたところ、
CMの影響が大きそうですが、小田和正さんの『言葉にできない』が良いかなーなんて
思っています。
あなたに会えーて、ほんとうに良かった。
うれしくて、うれしくて、言葉にできない・・ っていうあの歌です。それと、最近興味深々なのが、スリングという抱っこひものこと。
あれって、どうやら奥深いみたいです。
いろいろ調べはじめて、その奥深さに最近はまっています。
そして、やっぱり楽しみなのが、今では2週間に1回になった検診の日。
エコーの我が子に会えることはもちろんのこと、
通院が楽しみな理由がもうひとつ

担当の先生が美人でかっこいいこと って男みたいですね、私。
お腹の子共々、親子で先生に会えるのをとっても楽しみにしています。
なんだか、久しぶりなのでたくさんのことを書いてしまいました。
私の近況はこんな感じです。
あまりコメントは残していませんが、このブログで出会った人たちのことは
今でも気になってときどき遊びに行かせてもらったりしています。
治療がうまくいった方、頑張っている方・・もうすぐ出産を迎える方・・いろいろみたいですが、
赤ちゃんは、その人にとって一番最高のタイミングでやってくるのだと
以前知り合いに言われたことがあります。
たまたま立ち寄って読んでくださった方、ありがとうございます。
次は出産報告になるかしら・・
でも、またそれより前に書きたくなって更新するかもです。
ホントに気まぐれな私でスミマセン・・

2008.06.30
ピンクレター
お久しぶりです。
とうとう20週を超えました
6か月です。
きのう夢クリに、ピンクレター(中間報告)を出しました。
お蔭様で経過は順調です。
ピクピク、ポコポコと胎動も感じられるようになりました。
お腹も、だいぶ目立つようになってきて、
仕事中も、ずっと憧れだったマタニティ白衣を着ています
性別はたぶん女の子??
ついてないと断言するのは難しいみたいなので、まだ断定はできないみたいですけど。
とうとう20週を超えました

6か月です。
きのう夢クリに、ピンクレター(中間報告)を出しました。
お蔭様で経過は順調です。
ピクピク、ポコポコと胎動も感じられるようになりました。
お腹も、だいぶ目立つようになってきて、
仕事中も、ずっと憧れだったマタニティ白衣を着ています

性別はたぶん女の子??
ついてないと断言するのは難しいみたいなので、まだ断定はできないみたいですけど。
2008.05.09
中間報告の中間報告
現在13週になりました。
でも、ピンクレターで中間報告する時期まではまだまだです。
私はこの時期になって、やっと分娩する病院にたどり着けました。
今回はそんな経緯について少しご報告です。
まあ、妊娠してしまえば、あとはこっちのもの!!
その先は高齢だろうとなんだろうとどうにかなるでしょ!
妊娠する前も、妊娠してからも私はそんな風に簡単に考えていた気がします。
そもそも、不妊治療をしている時期には、望んでいたけれど、
本当に妊娠するってことを考えていなかったかもです。
前の日記にも書きましたが、私は、看護師として働いているので
妊娠したら自分の勤める病院の産科でfollowしてもらえばいいや、
と考えていました。
そして、出産は、もし産むことがあるならば、できれば助産院のような
ところで産みたいと考えていました。
なるべく自然に、自分の力で産むような・・そんなお産が理想でした。
医療処置的な、いわゆる‘産ませる’ようなお産になるのは嫌だなーと
思っていました。
先週12週のとき、ウチの産科に2回目の検診に行きました。
大きな病院を探すように言われていましたが
個人病院を希望している旨を伝えたら、えらく叱られました。
・・というのも、実は私は出産にむけて心配の種を抱えているんです。
妊娠高血圧症(以前は妊娠中毒症といわれていました)のハイリスク。
母も妹もこれを乗り越えての出産(妹は30週を過ぎたくらいで帝王切開
で2人の子を産んでいます。もちろん姪っ子達はNICU出身ですよ。
今はとても元気に走り回っていますが。)で、現在すでに私自身の血圧が高め。
けれど、今現在何か症状があるわけではなく、
私も絶対なるとは限らないじゃないか!!って思ってたんです。
「今、少々血圧が高いからって、なんにも症状はないし困らないけど、
これから週数が進んで血圧が上がっていった場合、
赤ちゃんに十分に血液が送られなくなって発育が悪くなったり
苦しい思いをするのは赤ちゃんなんだよ!!
お母さんと赤ちゃんは胎盤で繋がっているから、すごい影響するんだよ。」
もう、がっくりでした。 私は、全然自分のことしか考えていなかった・・。
あとは自分で考えるように言われ、あて先なしの紹介状を出され・・
とにかくウチの産科は、確かに分娩は扱っているけれど、
周産期が専門ではないので、リスクの高い人は診れないとのこと。
その後は自分のふがいなさと、放りだされてお腹の子と路頭に迷って
しまったような不安な気持ちとでいっぱいでした。
こんな分娩制限だらけのなかで果たして今から受け入れてくれる病院
なんてあるのかと不安でたまりませんでしたが、
幸いにも、理由を話したら、総合母子センターをもつ某大学病院が
受け入れを快諾してくれました。
「ウチはそういうハイリスクな方を受け入れる病院だから・・」と。
今日、初受診に行ってきました。
私が大学病院に思い描いていたのとは全然違って
とても温かい雰囲気の先生、その他スタッフの方達の対応に
救われました。
私は、よほどひどい顔をしていたのか
「検診は、赤ちゃんの成長が見れるんだから、楽しみに来てくださいね」
って何度も言われてしまいました。
とても丁寧に診察してくれて、赤ちゃんがお腹のなかで
頭を掻いたり、ピョンピョン跳ねたりする姿も見せてもらいました。
どうやら、夢クリのT先生のこともご存知のようで
「今は新橋にいらっしゃるんだね」なんて言っていました。
情けないことに、これが私の近況です。
思いがけず良い病院にめぐり合え、分娩できることになり
ホッとしたところです。
最近、夢ブロガーさん達の間では、陽性反応の出ている
方が続出ですね。
本当にうれしいことだし、改めて夢クリのすごさを実感しています。
私のような考えの甘い人はそういないとは思いますが、
ちゃんと妊娠した後のことも、今は分娩制限も本当にあるので
しっかり考えておいた方が良いです。
特に私のように、何か不安な点を抱えている方は
尚更です。
では、また。
でも、ピンクレターで中間報告する時期まではまだまだです。
私はこの時期になって、やっと分娩する病院にたどり着けました。
今回はそんな経緯について少しご報告です。
まあ、妊娠してしまえば、あとはこっちのもの!!
その先は高齢だろうとなんだろうとどうにかなるでしょ!
妊娠する前も、妊娠してからも私はそんな風に簡単に考えていた気がします。
そもそも、不妊治療をしている時期には、望んでいたけれど、
本当に妊娠するってことを考えていなかったかもです。
前の日記にも書きましたが、私は、看護師として働いているので
妊娠したら自分の勤める病院の産科でfollowしてもらえばいいや、
と考えていました。
そして、出産は、もし産むことがあるならば、できれば助産院のような
ところで産みたいと考えていました。
なるべく自然に、自分の力で産むような・・そんなお産が理想でした。
医療処置的な、いわゆる‘産ませる’ようなお産になるのは嫌だなーと
思っていました。
先週12週のとき、ウチの産科に2回目の検診に行きました。
大きな病院を探すように言われていましたが
個人病院を希望している旨を伝えたら、えらく叱られました。
・・というのも、実は私は出産にむけて心配の種を抱えているんです。
妊娠高血圧症(以前は妊娠中毒症といわれていました)のハイリスク。
母も妹もこれを乗り越えての出産(妹は30週を過ぎたくらいで帝王切開
で2人の子を産んでいます。もちろん姪っ子達はNICU出身ですよ。
今はとても元気に走り回っていますが。)で、現在すでに私自身の血圧が高め。
けれど、今現在何か症状があるわけではなく、
私も絶対なるとは限らないじゃないか!!って思ってたんです。
「今、少々血圧が高いからって、なんにも症状はないし困らないけど、
これから週数が進んで血圧が上がっていった場合、
赤ちゃんに十分に血液が送られなくなって発育が悪くなったり
苦しい思いをするのは赤ちゃんなんだよ!!
お母さんと赤ちゃんは胎盤で繋がっているから、すごい影響するんだよ。」
もう、がっくりでした。 私は、全然自分のことしか考えていなかった・・。
あとは自分で考えるように言われ、あて先なしの紹介状を出され・・
とにかくウチの産科は、確かに分娩は扱っているけれど、
周産期が専門ではないので、リスクの高い人は診れないとのこと。
その後は自分のふがいなさと、放りだされてお腹の子と路頭に迷って
しまったような不安な気持ちとでいっぱいでした。
こんな分娩制限だらけのなかで果たして今から受け入れてくれる病院
なんてあるのかと不安でたまりませんでしたが、
幸いにも、理由を話したら、総合母子センターをもつ某大学病院が
受け入れを快諾してくれました。
「ウチはそういうハイリスクな方を受け入れる病院だから・・」と。
今日、初受診に行ってきました。
私が大学病院に思い描いていたのとは全然違って
とても温かい雰囲気の先生、その他スタッフの方達の対応に
救われました。
私は、よほどひどい顔をしていたのか
「検診は、赤ちゃんの成長が見れるんだから、楽しみに来てくださいね」
って何度も言われてしまいました。
とても丁寧に診察してくれて、赤ちゃんがお腹のなかで
頭を掻いたり、ピョンピョン跳ねたりする姿も見せてもらいました。
どうやら、夢クリのT先生のこともご存知のようで
「今は新橋にいらっしゃるんだね」なんて言っていました。
情けないことに、これが私の近況です。
思いがけず良い病院にめぐり合え、分娩できることになり
ホッとしたところです。
最近、夢ブロガーさん達の間では、陽性反応の出ている
方が続出ですね。
本当にうれしいことだし、改めて夢クリのすごさを実感しています。
私のような考えの甘い人はそういないとは思いますが、
ちゃんと妊娠した後のことも、今は分娩制限も本当にあるので
しっかり考えておいた方が良いです。
特に私のように、何か不安な点を抱えている方は
尚更です。
では、また。
2008.04.17
ありがとうございました(ごあいさつ)
まずは近況報告です。
産婦人科デビューしました。
お腹のおっきな妊婦さんがいっぱいで
新生児を抱いた人がいたりして新鮮。
世間では産科のドクターが足りないとか
分娩制限をする病院が増えているというニュースを耳にしたことはありますが、
ウチの産婦人科も多分に漏れず分娩制限をしているみたいです。
そして、なんと、もう私の週数と予定日ではアウト
(分娩の受け入れはできない)だそうです。
もともと産院は他を探すつもりで、しばらくのfollowを・・
と考えてはいたのですが、
受診前に何度も 予定日はいつ?あらかじめ確認の電話をしたのか?
などしつこく聞かれ、産院は他を探すことを伝えると
ホッとされるような状況・・。 少しげんなりでした。
とにかく、今回の受診では赤ちゃんの無事を確認したいだけ・・
という気持ちでしたが、
先生からは「もうよっぽどのことがない限り、流産するようなことはない。
それより、産むことにまい進して!!」みたいな事を言われました。
「あなたは充分高齢出産の域にいるのだから、食事にも体重にも
気をつけなければいけない。
今の課題は、とにかく産むところを探すこと!!
できるならNICUもあるようなところを。
そして少しでも早く、産むところで検診を受けるようにした方が良い。」
というようなことを次々言われ、もう頭はパニック。
今まで姫扱いだった夢クリでの対応とまるで違い、
とまどいと「やばい、産む準備をどんどん始めないとなんだ」って焦る。
そして、お産難民の恐怖・・。
たくましくならなくては。
お腹の子は、夢クリ卒業から3日しか経ってないのに+7mmの35mm。
どんどん大きくなるーっ
母子手帳も手に入れました。
そして、仕事・・
前回のブログでは、かなりのテンションで喜んでおりましたが、
まあ、仕事はそう甘くないですよね
数日勤務するうちに、大変なことや嫌なことも
思い出してきました。
やっぱり妊娠した身体だと、体調にも波があったりして・・
でも仕事は待ってくれない。
だから、辞める決心だってしていたわけですし。
けれど、ちゃんと任期満了の日までは誠実に責任をもって
仕事をこなそうと考えています。
そして、このブログについてです。
私はこのブログに自分の心の中のことを表現することで
頭が整理され、溜め込まずに済み、救われました。
そして、主に院長先生とのやりとりを楽しんだりもしていました。
こんなブログでもコメントを残してくださる方がいて、
更に更に救われました。
気持ちや状況を共有できる仲間がいることが
こんなに心強いとは・・。
特に不妊治療のことは、あんまり友達とか知り合いに
話したりしないことなので。
けれど、そもそもこのブログは不妊治療を乗り切るためのもの
でした。夢クリを卒業し、産院デビューした今、その役目を終える時が
来た気がしています。
あとは、夢クリにピンクレター(中期報告)とブルーレター(出産報告)
を送る時期くらいにちょこっと報告ができたらいいかな・・と思っています。
もちろん、閲覧は今後もできる状態で残します。
今治療中の方、そしてこれから治療をする方々に、もし役に立てる
のであれば、ぜひ、役立てていただきたいです。
そのために、番外編として、このブログを始める前の
採卵のことなども少しまとめたいと考えています。
いままで本当にありがとうございました。
治療中はずっと、こんな日が来るなんて思えない日々でした。
特に前のクリニックで治療中は。
夢クリに通うようになってからは、一歩一歩確実に進んでいる
手ごたえを感じることはできていましたけれど。
ただ、治療は身体の周期にあわせてなので準備期間が長かったり
しますよね。そんな時はもどかしく閉塞感を感じながら・・。
結構通院生活を楽しんでいるところもありました。
きれいで落ち着くし、仕事に疲れているときは、
オルゴールに癒されていました。高い雑誌も読めるし。
夢クリのあとに、一杯のコーヒーを飲むのが至極の時でした。
でも、陽性反応が出てからは、妊娠したことを全然信じられなくて・・
夢クリに通う中で一番しんどかったのは、なぜか陽性反応が出て
からでした。
あんまり通院が楽しすぎると夢クリに愛着ができちゃって
卒業できなくなるから、それで良かったのかもしれません。
皆さんに残せるアドバイス、何もないです。
なぜって、私も治療真っ只中にいるときのことを
知っているからです。
他の人に何を言われたって何の役にも立たない。
結局は自分でつかんでいくしかなかった感じがします。
自分との戦い・・。
ただ、淡々と淡々と、いつ見えるかわからない出口だけど
院長先生ならその出口を一緒に探してくれる気がしませんか??
皆さんに必ずゴールが来ること心からをお祈りしています。
産婦人科デビューしました。
お腹のおっきな妊婦さんがいっぱいで
新生児を抱いた人がいたりして新鮮。
世間では産科のドクターが足りないとか
分娩制限をする病院が増えているというニュースを耳にしたことはありますが、
ウチの産婦人科も多分に漏れず分娩制限をしているみたいです。
そして、なんと、もう私の週数と予定日ではアウト

(分娩の受け入れはできない)だそうです。
もともと産院は他を探すつもりで、しばらくのfollowを・・
と考えてはいたのですが、
受診前に何度も 予定日はいつ?あらかじめ確認の電話をしたのか?
などしつこく聞かれ、産院は他を探すことを伝えると
ホッとされるような状況・・。 少しげんなりでした。
とにかく、今回の受診では赤ちゃんの無事を確認したいだけ・・
という気持ちでしたが、
先生からは「もうよっぽどのことがない限り、流産するようなことはない。
それより、産むことにまい進して!!」みたいな事を言われました。
「あなたは充分高齢出産の域にいるのだから、食事にも体重にも
気をつけなければいけない。
今の課題は、とにかく産むところを探すこと!!
できるならNICUもあるようなところを。
そして少しでも早く、産むところで検診を受けるようにした方が良い。」
というようなことを次々言われ、もう頭はパニック。
今まで姫扱いだった夢クリでの対応とまるで違い、
とまどいと「やばい、産む準備をどんどん始めないとなんだ」って焦る。
そして、お産難民の恐怖・・。
たくましくならなくては。
お腹の子は、夢クリ卒業から3日しか経ってないのに+7mmの35mm。
どんどん大きくなるーっ

母子手帳も手に入れました。
そして、仕事・・
前回のブログでは、かなりのテンションで喜んでおりましたが、
まあ、仕事はそう甘くないですよね

数日勤務するうちに、大変なことや嫌なことも
思い出してきました。
やっぱり妊娠した身体だと、体調にも波があったりして・・
でも仕事は待ってくれない。
だから、辞める決心だってしていたわけですし。
けれど、ちゃんと任期満了の日までは誠実に責任をもって
仕事をこなそうと考えています。
そして、このブログについてです。
私はこのブログに自分の心の中のことを表現することで
頭が整理され、溜め込まずに済み、救われました。
そして、主に院長先生とのやりとりを楽しんだりもしていました。
こんなブログでもコメントを残してくださる方がいて、
更に更に救われました。
気持ちや状況を共有できる仲間がいることが
こんなに心強いとは・・。
特に不妊治療のことは、あんまり友達とか知り合いに
話したりしないことなので。
けれど、そもそもこのブログは不妊治療を乗り切るためのもの
でした。夢クリを卒業し、産院デビューした今、その役目を終える時が
来た気がしています。
あとは、夢クリにピンクレター(中期報告)とブルーレター(出産報告)
を送る時期くらいにちょこっと報告ができたらいいかな・・と思っています。
もちろん、閲覧は今後もできる状態で残します。
今治療中の方、そしてこれから治療をする方々に、もし役に立てる
のであれば、ぜひ、役立てていただきたいです。
そのために、番外編として、このブログを始める前の
採卵のことなども少しまとめたいと考えています。
いままで本当にありがとうございました。
治療中はずっと、こんな日が来るなんて思えない日々でした。
特に前のクリニックで治療中は。
夢クリに通うようになってからは、一歩一歩確実に進んでいる
手ごたえを感じることはできていましたけれど。
ただ、治療は身体の周期にあわせてなので準備期間が長かったり
しますよね。そんな時はもどかしく閉塞感を感じながら・・。
結構通院生活を楽しんでいるところもありました。
きれいで落ち着くし、仕事に疲れているときは、
オルゴールに癒されていました。高い雑誌も読めるし。
夢クリのあとに、一杯のコーヒーを飲むのが至極の時でした。
でも、陽性反応が出てからは、妊娠したことを全然信じられなくて・・
夢クリに通う中で一番しんどかったのは、なぜか陽性反応が出て
からでした。
あんまり通院が楽しすぎると夢クリに愛着ができちゃって
卒業できなくなるから、それで良かったのかもしれません。
皆さんに残せるアドバイス、何もないです。
なぜって、私も治療真っ只中にいるときのことを
知っているからです。
他の人に何を言われたって何の役にも立たない。
結局は自分でつかんでいくしかなかった感じがします。
自分との戦い・・。
ただ、淡々と淡々と、いつ見えるかわからない出口だけど
院長先生ならその出口を一緒に探してくれる気がしませんか??
皆さんに必ずゴールが来ること心からをお祈りしています。









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